岡山地方裁判所 昭和63年(ワ)191号 判決 1990年8月20日
原告
井上克己
被告
岡山県
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一〇六一万六七六八円及びこれに対する昭和六三年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年八月二一日午後三時二七分
(二) 場所 岡山市表町三丁目二三―二三国道二号線上
(三) 態様 原告が普通乗用自動車(以下「原告車」という。)を運転して国道二号線を東進中、対面信号が赤色表示に変わつたため停止していたところ、被告が保有し、被告の職員である訴外小野里志が運転する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が原告車の左後尾に追突した。
2 責任
被告は、被告車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により損害賠償義務がある。
3 原告の傷害
原告は、本件事故により、頸部捻挫、腰部捻挫の各傷害を受け、これによつて右手が不随となり、性的不能をも来たしたため、昭和六〇年八月二一日から同月二六日まで的場医院に通院し、同月二七日から昭和六一年五月二五日まで岡本整形外科医院に通院し、昭和六一年五月二六日から同年七月三〇日まで岡山大学附属病院に入院し、同月三一日から昭和六二年三月八日まで同病院に通院し、同月九日から同年六月一五日まで同病院に入院し、同月一六日から同年八月三一日まで同病院に通院し、それぞれ治療を受けた。
4 損害
(一) 慰謝料 五〇〇万円
原告は、本件事故により前記傷害を受けたため、通院五〇八日、入院一六五日を要し、その間に二回も頸部を切り開いて外科手術を受けた。この傷害に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
(二) 休業損害 六九〇万円
原告は、本件事故前、訴外岡山土木株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役の地位にあり、月額三〇万円の給与を得ていたが、本件事故によつて代表取締役の職務を行うことができなくなり、昭和六〇年一〇月以降の給与を得ることができなかつたので、昭和六〇年一〇月から昭和六二年八月末日までの休業損害は六九〇万円となる。
(三) 治療費 一四二万九九八〇円
原告は右入通院期間中、別紙「治療費支払状況」と題する書面記載のとおり、治療費として一四二万九九八〇円を要した。
(四) 付添看護費 一一二万三二九八円
原告は、右入院期間中、別紙「入院付添料金明細書」記載のとおり、一一二万三二九八円の付添看護費を要した。
(五) 入院雑費 一六万五〇〇〇円
原告の右入院期間一六五日の入院雑費は一日一〇〇〇円として一六万五〇〇〇円となる。
(六) タクシー代 九万八四九〇円
原告は、右通院期間中、別紙「タクシー代明細書」記載のとおり、タクシー代として九万八四九〇円を要した。
5 損害の填補
原告は、本件事故の損害賠償の内払金として、被告から四一〇万円の支払を受けた。
6 よつて、原告は被告に対し、本件事故の損害賠償として一〇六一万六七六八円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六三年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1、2の各事実は認める。
(二) 同3の事実のうち、原告が頸部捻挫、腰部捻挫の診断を受けたこと、原告が的場医院、岡本整形外科医院にそれぞれ通院し、岡山大学附属病院に入通院したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同4の(一)の事実は否認する。
(四) 同4の(二)の事実のうち、原告が本件事故前に訴外会社の代表取締役の地位にあり、月額三〇万円の給与を得ていたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(五) 同4の(三)の事実のうち、原告が的場医院に昭和六〇年八月分として一万二九八〇円を、岡本整形外科医院に同月分から昭和六一年五月分として合計五七万四〇〇〇円を、岡山大学附属病院に同年六月分から同年一〇月分として三二万九四五〇円をそれぞれ支払つたことは認めるが、その余の事実は知らない。岡山大学附属病院に対する支払の内には、差額ベツド代が含まれている。
(六) 同4の(四)の事実のうち、原告が昭和六一年六月一一日から同年七月三〇日までの付添看護費として四三万八一八〇円を支払つたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(七) 同4の(五)の事実は知らない。
(八) 同4の(六)の事実のうち、原告がタクシー代として、昭和六一年九月一一日に二四四〇円、同年一〇月七日に一八一〇円、同月八日に九〇〇円、同月一三日に一一二〇円、同月一四日に六三〇円、同月一五日に四二〇円、同月一七日に四九〇円、同月二〇日に四九〇円、同月二四日に七〇〇円、同月二七日に七〇〇円、同年一一月五日に四九〇円、同月八日に六三〇円、同月一五日に六三〇円、同月一七日に四二〇円、同月二〇日に七〇〇円、同月二五日に六九〇円、同月二六日に四九〇円をそれぞれ支払つたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(九) 同5の事実のうち、被告が原告に四一〇万円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一〇) 同6は争う。
2 被告の主張
(一) 本件事故は、被告の職員である訴外小野が運転していた被告車を原告が運転していた原告車の左後尾に追突させたものであるが、原告車の破損状況は、リヤバンバー、左右のリヤバンバーステー、センターモール、左テールランプを取替え、バツクパネル、ロアーパネルを補修して塗装し、その部品代と工事が合計六万五五八〇円の損害にすぎず、被告車の破損状況は、フロントバンバーセンターを取替え、右フラツシヤーランプステー、センターステー、右ライト台板金、ボンネツトモール、グリルを各修正し、その部品代と工賃が合計二万五九五〇円の損害にすぎず、極めて軽微なものであつた。なお、右車両損害については、昭和六〇年一二月二七日に被告側がすべて損害を負担することで示談解決ずみである。
(二) 原告は、本件事故の翌日である昭和六〇年八月二二日、的場医院で頸部捻挫、腰部捻挫と診断され、牽引、消炎鎮痛剤投与の治療を受け、同医院より岡本整形外科医院を紹介された。岡本整形外科医院では、同月二七日から昭和六一年五月二五日までの二七二日間に一九六日通院して治療を受けている。岡本整形外科医院では、下肢反射亢通と上肢知覚異常が認められ、レントゲン撮影により狭窄型の頸椎と第四ないし第七頸椎に軽い変形症が認められ、牽引などの治療を受けた。さらに、昭和六一年五月二六日から同年七月三〇日までの六六日間、岡山大学附属病院脳神経外科に入院し、頸椎症と診断され、椎弓切除術、椎間孔開放術の手術を受け、退院後も同病院に通院した。しかし、その後に症状が次第に悪化したので、昭和六二年に同病院に入院し、再度頸部の手術を受け、その後も通院している模様である。
(三) 本件事故は、前記のように軽微なものであり、原告の前記のような症状(頸椎症)を生ずることは通常考えられない。もともと、原告には中等度の老人性後縦靭帯骨化症、頸椎管狭窄という先天的素因があり、これに何等かの外力が加わつて前記のような症状が生じたものと考えられる。仮に、本件事故が原告の前記のような症状の引き金になつているとしても、被告の負担すべき損害額を算定するにあたつては、原告の素因に基づく部分を控除すべきであり、右素因の寄与率は、七割と考えるのが妥当である。
(四) 原告は、健康保険法四五条、四七条に基づき、昭和六二年一月四日から日額四三九八円の傷病手当金の支給を受けており、これは一年六月の期間支給されることになつている。右傷病手当金の合計額二四〇万五七〇六円は、被保険者(原告)が療養のため労務に服することができないことに対する保険給付であるので、原告の休業損害から控除すべきである。
(五) 右に述べた原告自身の素因の寄与率が七割であり、傷病手当金が給付されており、被告の支払が四一〇万円であることからすると、原告の損害は全部填補されている。
三 被告の主張に対する認否
1 被告の主張(一)の事実のうち、原告車の破損状況がリヤバンバー、左右のリヤバンバーステー、センターモール、左テールランプを取替え、バツクパネル、ロアーパネルを補修して塗装し、その部品代と工賃が合計六万五五八〇円であり、被告車の破損状況がフロントバンバーセンターを取替え、右フラツシヤーランプステー、センターステー、右ライト台鈑金、ボンネツトモール、グリルを各修正し、その部品代と工賃が合計二万五九五〇円であつたこと、右車両損害については示談解決ずみであることは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同(二)の事実は認める。
3 同(三)の事実のうち、原告には中等度の老人性後縦靭帯骨化症、頸椎管狭窄の先天的素因があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同(四)の事実のうち、原告が傷病手当金として合計二四〇万五七〇六円(日額四三九八円)を受領していることは認めるが、その余の事実は否認する。
5 同(五)は争う。
第三証拠
本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 交通事故の発生
請求原因1(交通事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任
請求原因2(責任)の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、被告には自賠法三条による賠償義務がある。
三 本件事故態様と原告の傷害、原告の身体的素因
請求原因1(三)(本件事故の態様)、被告の主張(二)(原告の治療状況)の各事実及び原告には中等度の老人性後縦靭帯骨化症、頸椎管狭窄の先天的素因があつたこと、原告車の破損状況がリヤバンバー、左右のリヤバンバーステー、センターモール、左テールランプを取替え、バツクパネル、ロアーパネルを補修して塗装し、その部品代と工賃が合計六万五五八〇円であり、被告車の破損状況がフロントバンバーセンターを取替え、右フラツシヤーランプステー、センターステー、右ライト台鈑金、ボンネツトモール、グリルを各修正し、その部品代と工賃が合計二万五九五〇円であつたことは当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証の一ないし八、第八号証の一、二、第九号証、乙第一号証の一、二、第二、第三号証の各二、三、昭和六〇年八月二一日に撮影された本件事故現場の写真であることに争いがない乙第一号証の三の一ないし四、同月二四日に撮影された原告車の写真であることに争いのない乙第二号証の一の一、二、同日撮影された被告車の写真であることに争いのない乙第三号証の一の一、二、証人西本詮、同山本林之助の各証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告には、本件事故前から頸部に中等度の老人性後縦靭帯骨化症、頸椎管狭窄の先天的素因が存在していたため、本件追突事故による原告車の受けた衝撃がそれほど強度なものであつたとは認められないにもかかわらず、本件事故によつて生じた頸部のある程度の過伸展、過屈曲が引き金になつて、本件事故後、左腕にひきつるような感覚が出現し、その後、左手のしびれ感が出現したことから、頸部の手術を受けたものの、その後に、右手の運動、知覚障害が悪化したため、再度頸部の手術を受けたこと、右両手術の間に、原告が転倒して首を打つたことから、頸椎症の症状が一層悪化したこと、右再手術後も現在まで、原告の右手、右足に知覚、運動障害が残存していることの各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四 損害
1 慰謝料
前記三で認定判示した本件事故の態様、原告車の受けた衝撃の程度、原告の傷害の部位、程度、治療状況、入通院期間、原告の先天的素因を考慮すると、慰謝料として一〇〇万円が相当である。
2 休業損害
原告が本件事故前に訴外会社の代表取締役の地位にあり、月額三〇万円の給与を得ていたことは当事者間に争いがない。
前記甲第二号証の一ないし八、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、前記三の症状とその治療を受けるため訴外会社の代表取締役の職務を行うことができなくなつたことから、昭和六〇年一一月以降の給料を辞退し、昭和六二年八月末日までの給料を受給していないことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実及び前記当事者間に争いがない事実によれば、原告は、昭和六〇年一一月分から昭和六二年八月分までの給料六六〇万円(二二か月分)を受給していないことになるが、前記三で認定判示したところによれば、本件事故と相当因果関係のある休業損害としては、右金額の四割にあたる二六四万円が相当である。
五 損害の填補等
原告が傷病手当金として合計二四〇万五七〇六円(日額四三九八円)を受領していることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右傷病手当金が健康保険法四五条に基づく給付であることが認められるところ、右傷病手当金の制度は、健康保険法上の被保険者の傷病に伴う所得喪失を補うものであり、しかも、第三者の行為によつて事故が発生し、保険者が保険給付をした場合には、その給付額の限度で受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を保険者が取得し(同法六七条一項)、受給権者が第三者から損害賠償を受けた場合には、保険者はその損害賠償の限度で保険給付を行う義務を免れる(同法六七条二項)ことからすると、原告が受領した右傷病手当金は、右休業損害から控除するのが相当である。
さらに、被告が原告に対して四一〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右支払が本件事故の損害賠償の内払金であることが認められる。
ところで、本訴において、原告は、前記慰謝料、休業損害のほかに、治療費一四二万九九八〇円、付添看護費一一二万三二九八円、入院雑費一六万五〇〇〇円、タクシー代九万八四九〇円(合計二八一万六七六八円)を請求しているが、仮に、右請求額の全額を前提としても、前記三で認定判示したところによれば、本件事故と相当因果関係のある損害は、計算上、右合計額の四割にあたる一一二万六七〇七円(円未満切捨て)を超えることはないというべきである。
以上検討したところによれば、原告の本件事故と相当因果関係のある損害は、計算上、四七六万六七〇七円を超えないことになるが、前記判示のとおり、原告は本件事故による傷病手当金二四〇万五七〇六円を受領しているほか、被告から損害賠償の内払金として四一〇万円を受領しているので、これらを控除すると、原告の損害は全部填補されているというべきである。
六 よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安原清蔵)
治療費支払状況
<省略>
入院付添料金明細書
<省略>
タクシー明細書〔略〕